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「春風よ、今はまだ」あとがき

あとがき

おはよう!そして会えないときのためにこんにちは、こんばんは、そして、おやすみなさい
(Good Morning,and in case I don't see ya,good afternoon,good evening,and good night!)
――映画「トゥルーマン・ショー

 

 

 挨拶は時に、別れの言葉よりも寂しさを覚えますね。どうもおセンチなサイトロです。

 この文章は、七尾百合子アンソロジー「百合の名前」へと寄稿した、「春風よ、今はまだ」について、そして七尾百合子に関する諸々が連連と書かれたものになります。本編を一読した方は是非とも読み進めて下さい。読んでない方は以下の通販ページを是非ご利用下さいませ。そもそも、読んでない方がこのページを開くかはさておいて。

 

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  では本題に。
 この度は「春風よ、今はまだ」を読んで頂き、誠にありがとうございました。寄稿のお話を頂いた瞬間に、「春風」という歌を歌ってもらいたい、と強く思ったことが、完成までの原動力でした。もう一つの原動力は〆切です。全ての作家は〆切によって作品を作り出すのだと思っています。僕はそうです。
 歌の表現については、歌う瞬間とその心情を描くことで、アイドルの側からステージを感じることが出来る表現になったと思っております。あらゆる創作で、人物に歌を歌ってもらうことは困難な事です。今回そこに挑戦出来たこと、そして著者個人としては最上の物語に仕上がったことは、物書きとして誇らしく、何より嬉しく思います。一時期、この物語を超えるものが書けなければ引退しても良いのでは、と思ったくらいです。でも、まだここでは終われませんし、終わりません。
 原稿の執筆順は変則的で、最初に「春風」を歌うシーンを固めてから、前後に物語をつけて行きました。これは、どれだけ物語として面白くとも、歌うシーンが駄目であれば寄稿出来ないと思っていたからです。一番無理な内容を最初に解決していくという、今思うととても良いスケジューリングをしたと自分を褒める次第。既にお気づきかもしれませんが、著者は自分の話が大好きな、人間として残念なタイプに属しています。このあとがきも、後々自分が読み返したいが為に記している節があります。
 そんな著者ですが、第一稿(当時は「春風よ、どうか」というタイトルでした)を上げる際に大失態をしています。著作権に関して、全く考えないままに執筆していたのです。歌のシーンを書けた喜びのまま物語として完成させてしまい、出来た後に泣くほど後悔しました。歌詞を使うことに変に腰を引かずに取り組んだ、という点では最良だったのですが、しかし出版することを考えていなかった、という点では最悪でした。個人誌ならばともかく、寄稿の立場で問題が発生するものを書いてどうするんだと、脳内で殴り合いが始まりました。しかし完成した原稿への愛着が凄まじく、とにかく主催の吉﨑様に相談して決めようと思いました。吉﨑様の了承と著作権関係がクリアされたので、原稿は陽の目を見ることになりました。泣きました。事前に計画を立て、相談することの大切さを痛感します。
 作中人物の話を少々。七尾百合子について書くのは三作目なります。一作目、「七尾百合子と屋上の日記」を書くきっかけとなったのは、アンソロジーの主催である吉﨑堅牢様の作品に出会ったことです。七尾百合子と実在する本を組み合わせるという、誰もが思いつきそうで、しかし無かった物語に、強烈な感動を覚えました。この気持ちに応えたい、自分も七尾百合子で何か面白い話を書きたい、と思ったことを今でも思い出します。「春風よ、今はまだ」では、歌に景色を見出してくれた時に、この物語は大丈夫だと、確信を得ました。何かに悩むというシーンを、歌に見出した景色の中で行うというのは、百合子だからこそ書けたんだろうと思います。最初は本当に曲ありきだったのですが、百合子の存在が物語全体と曲を結びつけてくれました。著者は物語を書いているけれど、しかし時に登場人物たちによって書かせてもらっているのかもしれません。

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 千早先輩が百合子のステージ前に何を歌っていたのかが気になります。今選ぶなら「arcadia -BOSSA NOVA Rearrange Mix-」(アニマスの円盤に付いているCDに収録されているアレンジ曲)ですかね。それから百合子のプロデューサー。「春風」を贈った張本人。彼の百合子への願いが、物語の根幹です。最後まで答えを伏せるなんて大人はずるいですね。
 物語を読んでくれた方にこう言うのも何なのですが、くるりの「春風」を聴いて頂けると、より楽しめるのではないかと思います。百合子をきっかけに、元々好きだった曲に特別さが加わったことを、とても嬉しく思います。何度か七尾百合子の声をサンプリングすれば歌わせることが出来るのでは、と誘惑されました。技術と根気があれば実現しました。
 ステージで着る衣装については、ツダタカシ様の挿絵ラフを見て、描写した自分がその可愛さに絶叫してしまいました。誇張表現ではなく本当に。白いワンピースをチョイスしたことは、白黒ページでもきちんと色合いを表現出来たという点で大正解でした。完成した挿絵に吹く、春風の涼しさが堪りません。目で見る事の強さを改めて実感しました。手を差し伸べる百合子が美しくて、彼女のこれからに期待が高まります。改めて挿絵を描いて下さったツダタカシ様、本当に本当に、ありがとうございました。
 「百合の名前」の表紙をよく見ることで、この物語の未来を垣間見ることが出来ます。この手のことを口に出すのは野暮かもしれませんが、どうかご容赦下さい。「春風よ、今はまだ」の著者として、この事に気付いた瞬間の驚きと感動は、出来れば多くの方と共有したいのです。
 表紙をご覧下さい。桜色の切符が、切られているのです。
 物語中の切符がどんな形状を、それこそ切られていたのかそうでないのかは、正直考えていませんでした。その切符がきちんと切られている、百合子が未来へと進んでいったという事実を切符という形で目にした時、声を上げて驚きました。物語が私の手を離れて、表紙にて新しい風景を見せてくれたことが、嬉しくて堪りませんでした。表紙を担当して下さったとg様、誠にありがとうございました。
 「春風よ、今はまだ」という作品については、以上になります。読んでくれた方、助言をくれた友人たち、主催の吉﨑堅牢様、挿絵のツダタカシ様、表紙のとg様を始めとしたアンソロジーに参加された方々、皆様に万斛の感謝を。この次は新たな合同誌です。そして、個人誌に挑みたい所存です。
 秋の風が背を押す頃合いです。皆様どうか、お体を暖かくしてお過ごしください。

 こちらからは以上です。