体と心の恋物語、三つの勧め(PCゲーム『WHITE ALBUM2』について)

 冷たい風を震わせて、歌が聴こえてきた――

 夕暮れの音楽室で俺が奏でるギターに合わせるように。
 隣の教室で顔も知らない誰かが奏でるピアノに合わせるように。

 屋上から響いてきた、鈴が鳴るように高く澄んだその声は、
 バラバラだった俺たち三つの旋律を繋いでくれた。

 始まりは、そんな晩秋。
 そのとき、誰かが誰かに恋をした。

――『WHITE ALBUM2 -introductory chapter-』ストーリーより、抜粋

 

 

WHITE ALBUM2 -幸せの向こう側-(通常版) (特典なし) - PS3

WHITE ALBUM2 -幸せの向こう側-(通常版) (特典なし) - PS3

  • 発売日: 2012/12/20
  • メディア: Video Game
 

 『WHITE ALBUM 2』というゲームがある。恋愛ゲームだ。

 主人公である北原春希が、文化祭で軽音同好会としてステージに出なければならないことをきっかけに、二人のヒロイン――学園のアイドル・小木曽雪菜に、孤高の元ピアニスト・冬馬かずさ――と出会い、思いを募らせていく『-introductory chapter-』。美少女二人を天秤に掛けた末の結末は、春希にとっての罪であり、この物語の象徴とも言える。

 文化祭から三年後、大学三年生となった春希は、新たに出会うヒロイン三人に加え、高校時代を過ごした”彼女”と、将来に向けた日々を送る。罪は、その胸に抱いたままに。『-closing chapter-』と銘打たれた物語には、幾つもの結末が用意されている。そのどれもが、春希の罪を暴いていく。降り積もった雪が、いつしか溶けていくように……。

 

 2020年のゴールデンウィークは自宅で過ごすことが美徳であるとされたので、前評判だけ知っていたこのゲームを一週間ほどで遊ぶことにした。大体60~80時間ほどかかったのではないかと思う。五連休は朝起きて夕方までWA2を遊ぶというルーチンを組み、そうしなければ苦しみを伴う物語を見続けることが出来なかった。

WHITE ALBUM 2』(以下、WA2)は冬の物語なので、冬の凍えるような夜に、春希たちが味わったであろう冷たさに共感しながら遊ぶのが一番良いだろう(筆者は冬が待てなかったので、蒸し暑い中で冬を思った)。この記事は未プレイの方々に読んでいただいて、冬休みの予定の参考にしてもらえればと思う。

 尚、筆者が遊んだのはWindows10対応のダウンロード版である。PS3PSVitaの全年齢版や、当時の各種特典が付いた製品版の『EXTENDED EDITION』など、選択肢は幾つかある。今回は物語にのみ触れるため、これらの違いについては述べない。

 

 WA2は三人の物語だ。だから、三つの章立てで話を進める。尚、先述の通り未プレイの方々向けの記事だが、少々のネタバレがあることをご留意いただきたい。

 

1. 『最初に好きになった人』と『最初に付き合った人』

2. ○○ルートという選択、避けられない出来事

3. 幸せを願う彼女が、最後に見せてくれるもの

 

 

1. 『最初に好きになった人』と『最初に付き合った人』

 先述の通り、『-introductory chapter-』では二人の美少女に出会う。 

WHITE ALBUM2 ORIGINAL SOUNDTRACK~setsuna~

WHITE ALBUM2 ORIGINAL SOUNDTRACK~setsuna~

 

  一人は小木曽雪菜(おぎそ せつな)。高校内のミスコン三連覇を目前とした、学園の密かなアイドル。春希にとっては高嶺の花だったが、とあるきっかけに彼女が歌好きであることを知り、軽音同好会へと誘う。カラオケでのオープニングナンバーは、ちょっと古めの流行歌<WHITE ALBUM>。

 

WHITE ALBUM2 Original Soundtrack ~kazusa~

WHITE ALBUM2 Original Soundtrack ~kazusa~

  • 発売日: 2018/05/23
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 もう一人は冬馬かずさ(とうま かずさ)。春希のクラスメイトだが、その素行は最悪。 前期クラス委員長である春希の言葉もどこふく風……だったが、これまたとあるきっかけに彼女の秘密――天才ピアニストの娘であり、しかし音楽からは逃げ出した元秀才であること――が明らかになり、軽音同好会に誘われる。

 二人の少女と一人の少年は、『軽音同好会』――即ち音楽によって出会うことになる。文化祭に向けての道のりは決して平坦ではなく、時間も実力も足りない中、様々なトラブルも起こり、徹夜を何度も繰り返し、授業もサボる。真面目な委員長と、学園のアイドルと、素行不良の元天才。ぎこちない間柄は、ステージを作るという目的によって次第にほぐれ、仲を深めていく。

 勿論、この物語はステージの結実で終わりはしない。

 かけがえのない時間を過ごした三人は、しかし、二人の少女と一人の少年だった。「このままずっと、この関係でいたい」と思っても、それは叶わない。

 文化祭の終わりに、春希は一人の少女と恋仲になる。その胸中に、もう一人の少女を想いながら。『最初に好きになった人』と『最初に付き合った人』に変わってしまった二人の少女と、日々を過ごすことになる。

『本当に好きな一人を選べば良いのに』と思うかもしれない。しかし、物語は春希と思い人の二人きりで進むことは決してない。春希が誰かを思うように、思い人もまた春希を思い、別の誰かもまた、春希を思うこともある。そして、思いは心に留まるだけではない。時に体は容易く動き、愛しい人の手へと伸びることがある。心よりも体は早い。その時、体は心に準じるのか、目の前の温かさを先に取ってしまうのか。

 この、体と心の矛盾は、本編で何度も何度も扱われる。誰かに愛を伝えながらも、心には別の相手がいる。誰かを真剣に想っているのに、体は別の相手に預けてしまう。その度々に春希(と、読み手)は苦悩を重ねながらも、日々を生きていく。

『-introductory chapter-』と銘打たれていながらも、展開として何一つ緩くも優しくもない。筆者はこの時点でたすけてくれ、と何度かTwitterに書き込んでいた。

 勿論勿論、この物語が終わったところで、優しい物語が続くはずもなく。

 

2. ○○ルートという選択、避けられない出来事

『-closing chapter-』は『-introductory chapter-』から三年後、大学三年生となった春希の冬の物語である。新たに出会う三人のヒロインは、女っ気を感じさせない同級生に、自分の鏡映しのような後輩に、アルバイト先の有能な上司……と、個性豊かな面々。残された一人の彼女も加えて、幾つもの選択をしながら物語は進んでいく。

 選択の末に、所謂○○ルート(○○にはヒロインの名前が入る)という形での道が決まっていく。しかし、どの道を選んでも共通の出来事、理念が通っている。それは先述したような『体と心の矛盾』であり、誰かを選び、誰かを選ばないということ等様々である。枝分かれのような分岐ではなく、分かれながらも同じ帯の中に編み込まれた糸を辿っているような感覚で、物語を読み進めていた。選択しながらも、同じ問いに悩まされ、異なる解答が見えてくる。糸も帯も美しい。それが『WHITE ALBUM2』の素晴らしい部分だと思う。

 また、北原春希という人物の強さと弱さが多分に表現されることも、『-closing chapter-』の特徴であると思う。高校の頃は真面目で堅物と称された元委員長だったけ彼は、その才能を更に伸ばし、バイト先や大学でも八面六臂の活躍を見せることになる。そしてその才覚は、ヒロインや自身の問題を解決する際にも発揮される。決して精神論や根性論での解決ではなく、決断と行動によって為されていく様は、どのルートを通しても痛快だった。

 余談だけれどヒロインとして好みなのはアルバイト先の有能な上司である風岡麻里さんです。年上のお姉さん、いいよね………………………………筆者の年齢と比較した時に、麻里さんはもう………………………………………………。

WHITE ALBUM 2』は痛みを伴う物語だ。どの道を辿っても変わらずに。

 

3. 幸せを願う彼女が、最後に見せてくれるもの

 WA2という作品は、小木曽雪菜と冬馬かずさの間で揺れ動く北原春希の悲劇、という第一印象が強い。アニメになったのも『-introductory chapter-』までで、悲劇的な結末を迎えた物語としての印象が根付いている方もいるのではないかと思う。筆者もそうであったし、その部分に惹かれて始めてはいるのだけれど。

 しかしその実として、物語の進行と共に、三人の人間関係の悲劇に留まらないテーマが浮かび上がってくる。三人の周囲にいる人々、生きている場所、未来を過ごすこと……その広がりの豊かさが見せる景色は、第一印象を大きく塗り替えてくれた。そして、登場人物たちが持ち合わせる力には、悲劇を悲劇だけで終わらせないタフさがある。かつての少年少女が大きく成長していく姿も、物語の魅力のように思う(と同時に、彼らの変わらない弱さ、ある種の愚かさには、目を覆いたくなることもある)。

 少しだけ、ヒロインの話をする。小木曽雪菜について。

 彼女は、人が大好きな人だ。家族を愛し、友人を好み、恋人を大切にしている。いついかなる時でもその理念は変わらない。それ故に苦しむこともありながらも、それでも周囲の幸せを願ってやまない。それがどのような道を辿って、どんな景色に辿り着くのか。

 筆者は冬馬かずさの方が好みに該当するのだけれど、ことルートだけで言えば、一番は彼女が見せてくれたものだと、強く思っている。面白い物語だと当初から思っていたけれど、これは全く予想出来なかった。

 漠然とした話になったけれど、最後までやり遂げた時の感動は保証する。その時が来たら是非教えてほしい。好きなCGの話をしよう。筆者は『その辺にいる眼鏡の綺麗なお姉さん』が最高だと思っている。これはその時が来ればすぐに分かる。

 

 

WHITE ALBUM2』を勧めたい点は他にもある。音楽の物語なので、音楽が非常に良い。キャラクターが歌う楽曲は勿論のこと、劇伴にも物語の意味が通っており、バックログを見る際に表示されるタイトルで震え上がったほどだった。

 また、情事の淫靡さも保証する。これには物語として大きな意味があるのだけれど、ネタバレを伴うため名言しない。ただ間違い無く淫靡。えっち。ドスケベ。そういう欲求で始めても問題ない。

 最後になるが、『WHITE ALBUM2』からは驚きを伴う出来事が多い。これまで書いてきた言葉も、触りの触りでしかない。どうか、少々の不思議があってもがんばって進めてほしい。それとは無関係にゲームがフリーズして消えることが個人的に何度かあったので、こまめなセーブを推奨する。

 どうかこの機会に、『WHITE ALBUM2』に触れてほしい。幾度の冬を越え、少し穏やかになってきた春に、そんなことを願っている。

 

 

 誰もが一生懸命だった。
 誰もが強い気持ちで突き進んだ。
 誰もが、ひたむきに、まっすぐに、正直に――
 心の底で結ばれ、かけがえのない瞬間を手に入れた。

 だからそのとき、誰かが誰かに恋をしてしまった。
 一足遅れの、してはいけない恋を。

 そして冬――降り積もる雪は、すべての罪を覆い隠し。
 やがて春――雪解けと共に、すべての罰を下す。 

――『WHITE ALBUM2 -introductory chapter-』ストーリーより、抜粋