2019年の同人誌のこと

 ありえない愛のかたちを、それがあるはずのない場所で永遠に探し求めているのです。
――カート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』

 

 全ての始まりは『雪のゆりかご』にあったのだと思い返しています。サイトロです。
 二冊の同人誌の話をします。どちらも『アイドルマスターミリオンライブ!』の二次創作小説本です。2020年の夏時点では通販で取り扱っているので、この記事がまだ出会っていない方への道標になってほしいと思いつつ、私自身の思いを記録する場とするためにも、文字を認めてみます。
 想像だにしなかった2020年の夏に、思い出を残します。

 

1.吉﨑堅牢『七尾さんたちのこと』

2.ぱと『七尾百合子のミステリな日常』

 

 

1.吉﨑堅牢『七尾さんたちのこと』

『七尾さんたちのこと』は、七尾百合子にまつわる小説です。アイドル・七尾百合子の成長と活躍の全てが描かれます。何故アイドルになったのか、何を思ってステージに立つのか、仲間のことをどう思っているのか――『アイドルマスターミリオンライブ!』を通して一度は考えるであろう事柄が、これでもかと言わんばかりに描画されます。普段は見るだけのステージの演出や、ダンスへの挑み方、更には握手会の瞬間など、読み手の想像を遥かに超えながらも、想像しうる全てが描かれます。随所に挟まれる小説や物語の引用は、彼女が読書好きのアイドルであることを雄弁に語ってくれています。
 物語は春夏秋冬の四部構成ですが、その各部の中に大きな(ほんとうに大きな)起承転結が巻き起こり、一つひとつが独立した物語として厳然と立ち上がっています。『春』で描かれるアイドルとしての始まり、最初のステージにもかかわらず、この物語が内包する力の強さと重さをじっくりと堪能出来ます。勿論、それらが四つ連なったことで起こる最大級の爆発は、二度と体験出来ないものになることを保証します。
 表紙の魅力に負けないほどの絢爛豪華とした小説で、出てくる問題に対してのアイデアや、要所で出てくる仲間のアイドルたちも端役に準ずるほど控えめではありません。特に先輩として登場する萩原雪歩の佇まいや、『秋』に百合子の姉として立つ二階堂千鶴の美しさには、悶絶するしかありません。覚悟してください。
 一冊で完結する、七尾百合子というアイドルの最高の物語です。読書好きのアイドルの小説がこれほどまでに重厚で濃厚なことの幸せを、どうか堪能してください。
 余談ですが、冒頭のエピグラフは氏の同人誌『雪のゆりかご』――『冬』の着想となった物語に出てきました。2015年に刊行されたそうで、五年の月日は長かったような短かったようなと、思いを馳せるばかりです。

 

2.ぱと『七尾百合子のミステリな日常』

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『七尾百合子のミステリな日常』は、七尾百合子にまつわる小説です。月々に現われる日常の謎に挑む七尾百合子の全てが描かれます。消えたおはぎの代わりに現われる暗号や、劇場に現われる謎の怪人、行方を眩ましたアイドルの捜索……その謎は多岐に渡り、常に読み手を試してくれます。時に流暢に、時にコミカルに語られる探偵の語り口は、彼女が読んできた小説の数々を想像させてくれます。ガンダムの台詞も出てきましたね。深夜に見たのでしょう。
 物語は十二ヶ月に十二編、物語を通して彼女はアイドルとなり、成長し、変化していきます。同時に、彼女を取り巻く劇場という場所、芸能界という世界についても描画されています。そこはデフォルメされた優しさも厳しさとは異なる、純然たるビジネスと勝算で満ちた、タフさを求められる世界です。そこでたくましく生きる彼女――彼女たちを応援せずにはいられなくなります。
 一編オススメするとしたら、一月の『英国大和撫子の謎』です。英国大和撫子――即ちエミリーがふとした機会に出会った異国の少女にまつわる謎は、彼女たちが生きる世界を劇場という枠の中ではない、私たちと同じ現実にあることを気付かせてくれます。
 一冊で完結する、七尾百合子というアイドル――そして名探偵の最高の物語です。読書好きのアイドルのその所以が雄弁に語られる幸福を、どうか堪能してください。
 余談ですが、本作の刊行記念として『七尾百合子の冒険』という、三次創作のトリビュートがあり、なんと拙作を寄稿させていただきました。嬉しかったです。

 

 2019年に七尾百合子というアイドルに関する傑作が二冊も出たことは、『アイドルマスターミリオンライブ!』の小説を書き続け、読み続けている身としては、二度と起こらないであろう奇跡だと思っています。改めて読み、その奇跡がこうして本として残されているのならば、どうか一人でも多くの人に読む機会があってほしいと思い、記事にした次第です。
 最後に改めて、このような傑作を残してくれた吉﨑堅牢氏、ぱと氏に感謝を。