『冷たい方程式―SFマガジン・ベスト1 』レビュー

 辺境の人間は知っている――しかし地球から来た娘に、それがどれだけ理解できよう? 燃料の量hは、質量mプラスxのEDSを安全に目的地に運ぶ推力を与えることができない。彼や、彼女の兄や、両親にとっては、彼女はあいくるしい十代の娘である。しかし自然の法則にとっては、彼女は、冷たい方程式の中の余分な因数にすぎないのだ。
――トム・ゴドウィン「冷たい方程式」

 どうもサイトロです。
 今回は冒頭のエピグラフに出てきております、「冷たい方程式」が収録された『冷たい方程式―SFマガジン・ベスト1 』の感想レビューになります。元々「冷たい方程式」だけを読む予定だったのですが、読み終わった興奮の余り他の作品にも手を出してしまいました。刊行されたのが三十年以上前の本なので図書館等を利用しないと読めない(事実私も図書館で借りてきた)本ではありますが、何時か誰かがこのページを訪れることを願いつつ、レビュー始めます。 収録されているのは以下の八作品/作者名。

  1. 接触感染/キャサリン・マクレイン
  2. 大いなる祖先/F・L・ウォーレス
  3. 過去へ来た男/ポール・アンダースン
  4. 祈り/アルフレッド・ベスター
  5. 操作規則/ロバート・シェクリイ
  6. 冷たい方程式/トム・ゴドウィン
  7. 信念/アイザック・アシモフ

 

 

 

 

 1. 接触感染/キャサリン・マクレイン

 探検隊が訪れた星で出会ったのはイケメンだった。ここでは仮にキムタクと呼ぶ。キムタクは調査の為に探査船に呼ばれる。キムタクは女性クルーの中で人気者になっていく。そんな中、奇妙な病気が船内で発症し、男たちは次々と倒れていく――。
 肝要になるオチの皮肉がとても効いている。以下反転。
 キムタクの白血球は先祖の研究の成果であり、伝搬力と食菌作用を持つ白血球だった。それは偶然入り込んだ個体を全て喰らい、やがて、再生する……キムタクとして。病気の正体とは、キムタクの白血球だった。
 病床から復帰した男たちの顔は、皆が皆キムタクとなっていた。そして、星に住むキムタクの妹もまた、キムタクと同じ顔をしている。
 キムタクになった男たち、つまりキムタクは、この星でしか生き残れない(=細胞の操作によって探査船の食料では生きていけなくなった)。
 女性たちは選択を強いられる。
 男と別れて宇宙に出るか。
 宇宙船で一生を過ごすか。
 それとも、キムタクになるか。
 やがて一人の女声クルーが、外への扉を開ける所で物語は終わる。
 以上反転。

 ジェーンはポケットから小さな手鏡を取り出すと、自分の顔を覗きはじめた。マックスは力強く説得をつづけ、他の男たちは無言で立ち尽くしていた。そして女たちは哀願していた。自分の顔は……この暗青色の眼、小さな鼻、薄くて活動的な唇は……人間の心と肉体とは絶対に切り離すことのできないものだ。いわば、顔の形は心の一部分なのだ。そっと、手鏡をポケットに戻した。
 ――接触感染/キャサリン・マクレイン p62

「あなたはわたしの姿を変えたいなんて思わないでしょう、ジェリィ? え、そうでしょう? あなたは今のままのわたしを愛しているのよね? ね、そうでしょう? そうだと言ってちょうだい、早く!」
――接触感染/キャサリン・マクレイン p60

  この二つが本編を総括していると思うのです。
 人が誰かを愛する時、果たして心と肉体、どっちを見て愛していると、どちらも見て愛していると言っているのでしょう?
 こういった思想の是非を問うことなく、「生存したい」という現実が、ラストで扉を開かせたのだと思います。果たしてこの後クルーたちがどう変容していくか、その予感と共に本編は終わってしまいます。
 段々と自己と他人の境目がなくなって、個体としての区別がなくなっていくのでしょうか? それとも、残った心は変わらずにそこに在って、世界に一つだけのキムタクとなるのでしょうか?

 

大いなる祖先/F・L・ウォーレス

 今回の短編の中で、あんまり合わなかったと思う作品。
 あんまり合わなかったので書評をはっつけようと思ったら、それもまたあんまり合わなかったので、結局ラストの方を読み返して自分なりにオチをこれという風に解釈した。
 人類の起源を探しに行ったら結局人類よりも凄い生物が居て、更には起源が病菌だったことが判明して、プライドが粉々に砕け散るという所で物語は終わる……ということでいいのでしょうかね?
 間違っていたらこっそり耳打ちしてください。パソコンに耳があればですが。

 

過去へ来た男/ポール・アンダースン

 西暦993年のアイスランドにやってきた、千年後の男。価値観の相違、そして何より持ち込んだ道具が、或る悲劇を産んでしまう……。
 先進的技術を用いた話だけがSFではないと改めて思う次第。
 今は使ってはいけない用語が出てくる辺りに、古い作品だということを改めて感じました。この本は図書館で借りてきたのですが、二十五年ぶりに開かれたようです。次回誰かが開く機会を祈るばかりです。

 

祈り/アルフレッド・ベスター

 『スチュアート・ビュキュナン』という少年を巡る、奇想天外な物語。詐欺師めいた狂言回しにギャングに、超能力を使うスチュアート・ビュキュナン。
 タイトルからこの終わりは想像できたと思いますが、しかし想像出来なかったもどかしさを感じています。テンポが軽快なだけに、ラストの不気味さが色濃く映えています。

 

操作規則/ロバート・シェクリイ

 念動力者の手を借りて宇宙船の燃料を節約しようとしたら、彼には幾つかの操作規則があった。それを端的に言えば、常に彼のご機嫌を取って、称賛を与えて、決して緊張させてはいけない、という規則。彼の傲岸(ごうがん)な態度に周りのクルーたちも困りつつも、船は念動力によって動き始め、そして――――とんでもないことになる。
 読み終わると、このタイトルの素敵さに感動できますね。クルーたちが半ばやけっぱちになって見つけ出した本来の操作規則は以下反転。

 ブザイは人間であり、したがって人間として取り扱わなければならない。ブザイ能力は、気まぐれな才能としてではなく、練達の技術として認められ、使用されねばならない。
――操作規則/ロバート・シェクリイ p228

 以上反転。
 中盤のパニックからラストが一気に締まるので、読んでいて痛快でした。

 

冷たい方程式/トム・ゴドウィン

 EDS内で発見された密航者は、発見と同時に直ちに艇外に遺棄すること。
 (EDS:緊急発進艇(エマージエンシイ・デイスパッチ・シツプ))
 パイロットが発見したのは、兄に会うために密航した十八歳の少女であった。EDSにはその質量に対してちょうどの燃料しか積まれていない。つまり、このままではEDSは目的地に辿り着かない。

 辺境の人間は知っている――しかし地球から来た娘に、それがどれだけ理解できよう? 燃料の量hは、質量mプラスxのEDSを安全に目的地に運ぶ推力を与えることができない。彼や、彼女の兄や、両親にとっては、彼女はあいくるしい十代の娘である。しかし自然の法則にとっては、彼女は、冷たい方程式の中の余分な因数にすぎないのだ。
――冷たい方程式/トム・ゴドウィン p254

 ここで改めて冒頭に出したエピグラフを。見事と形容してしまうような、残酷さ。
 最近読んだ、サン=テグジュペリの「人間の土地」にも、死ぬことよりも、もう家族に会えないことの方が恐ろしい、というような一文があったことを思い出します。

 

信念/アイザック・アシモフ

 ある日突然超能力に目覚めた人間のお話。イケメンか美少女ならライトノベルになったかもしれません。今回はおっさん研究者が突然に目覚めます。
 人間が未知のもの(今回では超能力のこと)に遭遇した時に、どんな反応を見せるのか、又どうすれば受け入れることが出来るか、という問いへの解答を面白可笑しく描いていました。


 アイザック・アシモフといえば映画の原典にもなった『アイ・ロボット』(『われはロボット』等訳者によって名前が異なります)が有名ですが、そういえば私、こんな作品を書いていました。

www.pixiv.net


 ゲーム『アイドルマスターミリオンライブ!』に登場する読書好きのアイドル、七尾百合子が実際に『アイ・ロボット』を読み、その感想をラジオで話す、という物語です。アイマスか『アイ・ロボット』どちらか知っている方は、是非一度目を通して頂けると嬉しいです。

 

 『冷たい方程式―SFマガジン・ベスト1 』レビューでした。
 短編集というのは全部当たりであれば最上、半分当たればベターだと思っているのですが、これは半分以上は当たりの印象でした。特に『冷たい方程式』や『操作規則』辺りが読んでいて面白かったですね。
 さて冒頭にも書いたのですが、30年以上前に書かれた本を手に取る機会というのは早々無いもので、これ以上年数が進めば更にその可能性は減っていくように思います。けれどもインターネットにアップロードすれば、何時しかは誰かの目に留まるのではないのか、そんな淡い期待をしながら今回はこれにて終わろうかと思います。
 こちらからは以上です。